1. はじめに
今回、保健医療ブロックの講義中に供覧したビデオを参考に、うつ病に関する二つのキーワードを元に二つの論文を検索した。これらの論文により得られた事を以下に述べる。
2. 選んだキーワード
うつ病・遺伝子多型
3. 選んだ論文の内容の概略
「うつ病」と「遺伝子多型」という二つのキーワードを元に検索された論文の中から、二つを選んだ。一つは田島治氏による「うつ病治療の将来」、もう一つは加藤忠史氏と垣内千尋氏による「一卵性双生児躁うつ病不一致例におけるDNAマクロアレイ解析」である。
3-1.うつ病治療の将来
この論文の中では、近年急激な増加傾向を示すうつ病患者に対する六つの治療法の可能性について述べられている。
一つ目は、プライマリケアでのうつ病治療と医療サービスの充実をはかる必要についてである。うつ病患者は、その多くは自分自身がうつ病であるという自覚を持っていない。そのため、治療が遅れ、症状が悪化し自殺者の急増に繋がっている。そこで、既に多くの国で採用されているように、うつ病患者に対して、その症状の悪化を出来うる限り早期に防ぐため、プライマリケアによるうつ病の早期発見と診断及び包括的なキャンペーンやプログラムの実施がわが国でも早急に成されることが必要である。そのためには卒前、卒後の医学教育における精神医学の知識と技術の更なる充実が不可欠である。また、うつ病患者に対応するコメディカルとして、ケースマネージャーによる患者のケースマネジメントなど、治療の早期発見に有用な可能性のある新たな手法を積極的に取り入れることも重要である。
二つ目は、プライマリケアにおける認知行動療法の可能性についてである。これは、重症でないうつ病患者に対して、薬物療法のみに頼る事なく、うつ病特有の患者の認知のゆがみを系統的に是正する認知療法や認知行動療法が有効である事に注目している。欧米ではこれらの方法をコンピュータ化し患者に実施したところ、この方法によって患者は治療に満足度を高め、また抑うつ気分や否定的な自己評価を改善し、仕事や社会に対する適応度が示された。英国では、若干の指導の下に患者自身が行うセルフヘルプ認知行動療法の有用性も指摘されている。認知療法に関しては多くの方法があり、その有用性も期待されているが、わが国の現行の保健診療では実施が困難である。わが国で認知行動療法を実施する為には、臨床心理士や医療心理士のような専門のコメディカルを正式な国家資格として認め、医療サービスを充実させなければならないなど、多くの乗り越えるべき問題がある。
三つ目は、IT時代のうつ病治療として、電話、eメール、インターネットによるフォローとカウンセリングの可能性についてである。情報技術が発達した今日においては、携帯電話やeメールなどの通信手段を用いて、患者との連絡が以前に比べ飛躍的に容易になった。これら通信機器を用いた治療法も、うつ病治療にとっては大きな役割を果たす可能性がある。電話によるカウンセリングやモニタリングなどを通して、より患者の満足度や治療への転帰を改善することができると期待されている。
四つ目は、うつ病におけるpharmacogenomicsの可能性である。様々な遺伝子多型の研究によって、個々の患者の薬物に対する反応性や副作用を予想し、その患者にふさわしい薬剤を選択する事が可能になりつつある。このことによって、うつ病の治療もより確実なものになりつつある。
五つ目は、新たな抗うつ薬の候補の出現の可能性についてである。現在わが国で軽度から中等度のうつ病に用いられる第一選択薬はSSRIとSNRIの二種類であるが、欧米に比べると利用できる薬剤の種類は非常に少ない。近い将来、欧米で用いられている薬剤のいくつかはわが国で使用可能になるが、その使用に関しては専門の知識と経験を要するため、注意が必要である。またうつ病患者の急増と抗うつ薬の処方の増加を受けて新たな薬剤の開発もすすめられている。コルチコトロピン放出因子1の受容体サブタイプ拮抗薬や、サブスタンスPの受容体拮抗薬、NMDA受容体の機能を調整する薬物などである。しかしながら、従来の薬物と全く作用機序の異なる薬剤の開発は、副作用の面からも困難であり、臨床応用に至るまでにはまだかなりの時間を要すると思われる。現時点では、欧米で広く用いられている新規抗うつ薬の早期導入がなされ、プライマリケアにおいても利用されることが期待されている。
最後に、六つ目として、経頭蓋磁気刺激、迷走神経刺激といった様々な脳刺激療法の可能性についてである。軽度から中等度のうつ病に対しては、心理療法と抗うつ薬を中心とした薬物療法が治療の中心となっている。しかし重症例や難治例、特に妄想を伴う精神病性のうつ病に関しては、麻酔下で筋弛緩させて行う修正型の電気痙攣法の有効性が再評価され、積極的に行われるようになってきている。今後、より簡便で安全性が高く、効率的な刺激法が確立すれば、外来でも実施可能なうつ病治療の選択肢として期待される。
3-2.
一卵性双生児躁うつ病不一致例におけるDNAマクロアレイ解析
精神疾患には様々なものがあるが、この論文では特に躁鬱病(双極性障害)を取り上げている。躁鬱病の予防にはリチウムやバルプロ酸、カルバマゼピンといった気分安定薬が有効とされているが、これらを用いる事で躁鬱病が完全に予防される患者はむしろ小数派である。この原因を追求する為に、一卵性双生児に着目したDNAマクロアレイ解析を行い、躁鬱病と遺伝子の関係を調べた。躁鬱病に関与する遺伝子は複数あると考えられているが、未だその遺伝子は特定されていない。躁状態を伴わない鬱病を表現型に加えるかといった躁鬱病の表現型の定義が困難である、あるいは罹患率が高い為に、その表現型の原因が同一であるとはいい切れないからである。一卵性双生児に着目した理由は、これまでの双生児研究、家族研究などから躁鬱病には遺伝要因が関与する事が明らかであり、また一卵性双生児の方が二卵性双生児よりも躁鬱病の一致率が高いことからである。一卵性双生児は遺伝的に同一であるため、これらをペアで解析する事で、環境因と遺伝因を区別する事ができる。
精神病に対して、一卵性双生児に関してこれまで多くの研究がなされてきた。その中で、一卵性双生児の不一致例ではゲノムが違うはずであるという指摘がうまれ、一卵性双生児の統合失調症不一致例において、ゲノムDNAを制限酵素で切断した際の切断パターンに差異が認められる事が見いだされた。その原因としては、点変異、染色体異常、ミトコンドリアDNAのヘテロプラスミーなど多数のメカニズムが報告され、実際に一卵性双生児間でゲノムの違いがありうるということが明らかになった。その後、ゲノム差異の研究は多くなされたが、いずれにおいてもほとんどゲノムが同じはずの一卵性双生児にもかかわらず、違っている部分があれば、それが精神疾患の原因にかんけいしているはずだという考えに基づいている。しかしながら、精神疾患の原因遺伝子を特定する事はできなかった。
DNAマクロアレイは、多数のmRNAの発現量を一度に調べる事ができる方法である。臨床医学研究においては、既に膨大な研究報告があり、癌の組織診断に結うようである事などがわかっている。しかし、DNAマクロアレイを用いる事で疾患の原因が特定されたという例はほとんどない。DNAマクロアレイでは、多数の遺伝子を一度に解析する事ができる反面、あまりに多数の遺伝子を調べるため、偶然有意差のある遺伝子が多数検出される場合があり、本当に変化が生じている遺伝子を絞り込む事が困難だからである。
そこで筆者らは、一卵性双生児躁鬱病不一致例を用いることで偶然有意差のある遺伝子が検出されることを防ぎ、培養リンパ芽球様細胞の遺伝子発現量に差のある遺伝子を探索することで、これが疾患の原因に直結すると考えてDNAマクロアレイを実施した。
DNAマクロアレイにより、小胞体ストレス反応関連遺伝子XBP1およびHSPA5に着目した。XBP1は躁鬱病の連鎖研究で指摘された部位22q12に存在すること、HSPA5はXBP1に制御される遺伝子であること、バルプロ酸がHSPA5の発現量を上昇させることからXBP1が躁鬱病に関係していると考えられたからである。その後の解析により、健常者に機能しているXBP1ループが、躁鬱病患者ではXBP1結合配列を失っているためにERストレス反応が低下し、躁鬱病の危険因子となっていること、バルプロ酸はXBP1ループの上流に位置しXBP1およびERシャペロン遺伝子の転写を促進しているATF6タンパク質を増加させることで躁鬱病を改善している事が考えられた。これらの事から、XBP1多型がバルプロ酸などの気分安定薬の反応予測の検査として利用できる可能性、ATF6が薬剤の標的分子になりうる可能性などを示していると考えられた。
この研究では、一卵性双生児不一致例の遺伝子発現解析が、精神疾患を含めた遺伝子研究の困難な複雑疾患の原因解明に有用であることを示している。どの実験方法を用いるにしても、その対象と方法の選択によって、新たなアプローチが可能であることが示されている。
4. 考察
うつ病と遺伝子多型について、まず「うつ病治療の将来」から、うつ病治療の可能性をいくつか知り、またこの論文に挙げられた六つ以外にも治療に有用なものが存在する可能性を感じた。そして、「一卵性双生児躁鬱病不一致例におけるDNAマクロアレイ解析」では、先の論文に挙げられた六つの可能性のある治療法の中から、四つ目に挙げられたpharmacogenomicsの一例を見た。この二つの論文から、うつ病の治療は患者の家族的背景から社会的背景まで、個人をトータルに見た上で行わなければならず、その為には患者個人にとって最もふさわしい方法を選ぶことが重要である。
また暫定的な治療法を生み出すためには、確実な専門知識は基より、柔軟な発想が求められる。疾患の発生する機序とそれを抑制するものとを関連付ける適切な方法と手段を選ぶことで、より多くの解決法を生み出す事が可能になるのである。
5. まとめ
うつ病と遺伝子多型について、まず「うつ病治療の将来」から、うつ病治療の可能性をいくつか知り、またこの論文に挙げられた六つ以外にも治療に有用なものが存在する可能性を感じた。そして、「一卵性双生児躁鬱病不一致例におけるDNAマクロアレイ解析」では、先の論文の
近年急激な増加傾向を示すうつ病患者の治療は、医療にとっての最優先事項である。しかし、うつ病をはじめとする多くの精神疾患には、確立された治療法が存在しないものが多くある。精神疾患は家族要因、環境要因が複雑に絡み合って生じ、また症状の特定も多用であるため、その治療は困難をきわめている。しかし、そうした状況の中でも、医療の規制緩和による医療サービスの充実をはじめとした社会環境の改善といった環境要因の向上、および遺伝子解析による個人の病因遺伝子特定、これに基づく最適な治療薬の選択など、治療の為になせることは数多くあることがわかった。精神疾患に関しては、その病因が個人を取り巻くすべての状況であることが多く、これを治療するためには多くの人員が必要である。また患者の周囲の人々の間での密な連絡も重要である。また生化学的・生理的観点からの治療法の確立も急務である。今後、こうした課題を解決するため、患者周囲の人々から国家のレベルにおいてまで、系統立てられた支援を積極的に行っていかねばならないと考える。